【SOPRA・VIVERE】序章-1

 序章「始」


 夜、冷たい雨が激しく頬を打ってくる。

 その雨に少しでも濡れまいと、足を滑らさぬように彼は山道を降りる。すっかり雨露を含んでしまった衣服と自分の髪が肌に張り付いて気持ち悪い。

「春の嵐か……」

 季節は春へと向かい暖かくなっていくとはいえ、宵の雨風は体温を徐々に奪っていく。いくら体力には自信があってもこのままでは風邪を引いてしまうかもしれない。

 ――いい? シャルティエル、旅先で絶対に無理をしては駄目。無理をしないで時期を待つのも大事なんだよ?

「あは……確かに」

 彼は、シャルティエルは苦笑して、出発の直前に恩師に言われた言葉を今頃になって思い出す。

 しかし今更過ぎたことを後悔しても仕方がない。

 それは次に気をつければいいとして……シャルティエルは顔に纏わりつく紺青の髪を掻きあげて山道を駆け降りた。



 雨が降り止む兆しは一向に見えない。寧ろ更に強くなってきている。

 もう少し暖かければ手頃な木を見つけてその上で雨宿りでもするのだが、木々は木の葉を全部散らしてしまったのでそれも叶わない。

 ――それに、こんな高い木ばっかりじゃあ、落雷なんてことも…。

 轟音が鳴り響いた。そんなに遠くではない。シャルティエルは肩をすくめてまた山道を駆け出した、が。

「……え?」

 すぐに足を止めて、もう一度ある方向を見直す。木々の間から小さな明かりが一つだけうっすらと見えた。明かりは動くことなくぼんやりと灯っている。

 もしかしたら人が住んでいる明かりなのかもしれない。シャルティエルは安堵の息を漏らし、明かりを見失わないように再び歩き出した。



 シャルティエルが予想した通り、明かりは小屋の窓から漏れていた。
 
 家、と呼ぶには小さいが小屋にしては人がまともに住める程、整った造りをしている。

 ――期待できそう。

 シャルティエルは息を吸い込んで扉を静かに叩く。

 ――誰かの家に泊めてもらう時は、礼儀正しくしないと。

 今度は恩師の言葉を忘れなかった。何を言うか、口の中で小さく練習する。

 しかし、返事はなかった。雨の音が更に大きくなる。もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。

 シャルティエルはもう一度、扉を叩いた。今度は先ほどよりも強く。

 ……やはり返事はなかった。もしかして、留守なのだろうか。

「けど、明かりをつけたままで?」

 あまり行儀がいいとは言えないが、確認のためにシャルティエルは扉を引いてみた。

 きい、と小さな音を立てて扉は開いた。

 To be continued……

 →なんという大幅改定w;
  FEの影響も今では落ち着いてきたので、シナリオ調は完全に廃止です。 

【SOPRA・VIVERE】序章-2

「……誰か、いませんか?」

 扉の隙間から顔を覗かせて、シャルティエルは小屋の中を見回した。

 返事はなく、しんと静まり返っている。

 小さな丸いテーブルの上に置かれたランプの火と、暖炉の中で薪がぱちん、ぱちんと音を立てて燃えているだけだった。

 一部屋しかない小屋の床には、毛足の長いラグマットが敷かれていて、奥の方には木製のついたてが置かれている。

 寝具は見当たらなく、壁には彫金が施された趣味の良い猟銃が何本か飾られていた。

 小屋の頑丈そうな造りからして、恐らくこの小屋はどこぞの金持ちが狩猟の際に使う小屋なのだろう。

 ――緊急事態だもんね。

 春の嵐は激しく押し寄せる。また轟音と共に空が青白く光った。今度は先程のよりももう少し近くだ。

 シャルティエルは身をすくめて、慌てて小屋の中に入った。



 暖炉の火が最も当たる場所にシャルティエルは腰を下ろし、腰に差した剣を取り、深緑の外套と靴を脱ぎ捨て、彼の唯一の荷物である小さな皮製のトランクを空ける。

 その中身は何枚かの着替えと、櫛やらの身支度を整える類のもの、そして鉛筆の束と小さなスケッチブック。

 トランクの外面は雨に晒されて濡れていたが、中までは浸透していなかったようだ。シャルティエルは安心したように息を漏らす。

「……それにしても」

 ラグの上に寝転がり、シャルティエルは改めて辺りを見回す。

 奥の壁に、まるで人目を避けるかのように立掛けられている大きな絵画に始まり、その横には漆黒に金の花模様が描かれた異国の壷や、絹のドレスを纏った抱き人形、宝石が散りばめられた飾り剣など、狩猟に関係ない物が所狭しと並べられていた。

 狩猟用に使う小屋に、こんなにたくさんの骨董品を、それもただ床に並べておく意味はあるのだろうか。寝具どころか、まともな家具さえ置いていないのだから、誰かが住んでいて、趣味で置いているとは考えられない。

 それに、一体どこの誰がこんな嵐の夜に鍵もかけず出掛けるというのだ。

 この小屋はおかしい、とシャルティエルは感じた。やはり、出て行った方が良いのだろうか。

 うーっと意味もなく唸りながら、シャルティエルは仰向けに寝そべって自分の顔を両手で覆ったかと思うと、すぐに寝返りを打って身体を左に向けた。

「ひっ!?」

 シャルティエルは目を剥いて飛び起きた。ついたての向こう側に、おかしなものが見える。目を擦ってもう一度見直しても、やはりそれは変わらなかった。

 人の足が、ついたての影から覗いていた。

 To be continued……

 →目指すは火サス。

【SOPRA・VIVERE】序章3

 ぞくぞくと背筋が寒くなっていくのが自分でも解った。

 ――まさか、死体?

 ふと、夜な夜なここに運び込まれる死体の様子が脳裏に浮び、シャルティエルはその場から一歩後ずさりする。いくら何でも、死体と一緒に寝る程の度胸はなかった。

 後々、面倒なことになる前にさっさと退散した方がいい。

 慌てながら上着と靴を身につけ荷物をまとめると、シャルティエルは扉に手をかけた。

 今度は自分の耳を疑った。

 耳を澄ますと、ついたての裏から小さな声が聞こえてくる。

 ――生きてるの?

 薄気味悪いので関わりたくはなかったが、生きているとなればこのまま見捨てるわけにはいかない。恐る恐るついたての方にに近づいた。

 ついたての目の前まで来てシャルティエルは立ち止り、瞼を閉じて、大きく息を吸い込む。

 瞼は閉じたままで、ゆっくりと一歩前に踏み出した。身体の向きを問題の場所に向けて、目を開けると……。

「……え?」

 シャルティエルは瞬きを一つして、テーブルの上に置いてあるランプを取りに戻り再びその場所を照らす。

 ランプの薄明かりの向こうに浮かび上がったそれは、女だった。

 やや癖のある、長い豊かな栗色の髪を床に惜しみなく広げて横たわっている。

 ――何でまた、こんな所に……。 

 年は恐らく、シャルティエルとは大して変わらない。ほのかに紅を帯びた肌も唇も艶やかで、それだけで女の育ちの良さが伺えた。

 身に着けているものも、花の刺繍がされた薄手の白いケープに、足首まである裾広がりのスカートといった軽装で、とても冬の山に耐えられるような風貌ではない。

 おまけに靴はどこかで無くしたのか、片方しか履いていなかった。

「……大丈夫?」

 かなり抵抗はあったものの、とりあえず彼女の上体を抱き起こして様子を見るが、その表情は穏やかで特に怪我なども見当たらない。

 女の呼吸はあくまでも規則正しい。途中、小さく唸り声を上げている。

 何とも気持ち良さそうに眠っているのだ。

 ――なんて図太い女!
   
 シャルティエルは肩を落とし、呆れたと言わんばかりに大きな溜息を吐いた。

「まぁ、死体じゃなくて良かったけどさ……」

「……う…… ……」

 女は目が覚めたように、先刻より大きく唸り声を上げる。目を擦りゆっくりと瞼を開ける。

 開かれた女の瞳は黒目がちで、意外にも人形のように愛らしい顔立ちをしていた。

「大丈夫?」 
 
 シャルティエルは溜息混じりで女に尋ねた。こんな図太い女、きっと大丈夫に決まっている。

 完全に女は目を覚まし、シャルティエルをじっと見つめる。

「……? 一体、どうしたの」 
 
 シャルティエルがそう尋ねきらない内に、女は叫んだ。

  To be continued……

【SOPRA・VIVERE】序章-4

「別に何もしてないでしょ!」

 酷いことをしたわけでもないのに、その態度は気に食わない。シャルティエルはやや乱暴に女を突き放した。

 しかし女は女でシャルティエルから出来るだけ離れ、小さくうずくまり震えていた。

 女は顔を青白くして、瞳から一筋の涙を零した。

 怯えているのだ。

「助けて…… ……」

 女は今にも消え入りそうな声で呟く。これでは自分が女を苛めているようで、格好悪い気がした。

「……ごめん。あんたに何かしようってわけじゃなかったんだけど……」

 シャルティエルは頭を掻いて、無理やり笑顔を作る。女は顔を上げて涙を呑み込んだ。

「……あなたは、あの人たちの仲間じゃないの?」 

 途切れ途切れの小さな声で女が尋ねた。シャルティエルは首を傾げ、何のことかよく解らずにいると不意に扉が威勢よく開く音がした。

 女は息を呑み再び涙を溢れさせる。また叫び声を上げそうだ。

 シャルティエルは咄嗟に女の口を塞ぎ女を奥へ隠すように押し込んだ。こちらの姿はついたての陰になっている。

 誰かの足音が小屋の床を鳴らす。続いて複数人の足音が鳴ると、何か重いものを床に置いた音がした。

「……こりゃいいや! かなりの上物揃いだぜ!」

 野卑な笑い声が響く。聞き取れるだけで四人。いずれも男の声だ。

「旦那はこいつらを好きにしていいって言ってたな……。ははっ、当分金にゃ困らねぇ!」

 聞き耳を立てながら、シャルティエルは部屋の隅で怯えている女を見た。

 小屋に敷き詰められた美術品と声を聞くからに下品そうな男たちをこの女と結びつける。

 ――夜盗の収穫ってやつ?

 シャルティエルはうなだれた。面倒くさい話は嫌いだ。

「? 櫛と手鏡と香水瓶……箱も大したモンじゃねぇな。なんでこんなモン持ってきたんだ?」

「いや…そいつはオルゴールだ。旦那のお気に入りらしいから触らない方がいい」

 ……オルゴール。そういう名前の、音楽を奏でる箱を本で見たことがある。この国ではまだ珍しいものだと恩師が言っていた。

 オルゴールは澄んだ甲高い音を鳴らし、音は次第に一つの旋律を紡いでいく。

「……旦那の趣味は理解出来ねぇぜ」

 優しい旋律をかき消すかのように、また野卑な笑いが小屋に響いた。

「だめ……!」

 女はシャルティエルの手を振り払った。身を乗り出そうとする女をシャルティエルは慌てて制する。

「嫌! 大切なものなの!」
 
 身をよじった女の腕が、肩がついたてにぶつかる。それも、かなりの強さで。

「! ちょっとまっ……」

 ……ついたては、派手な音を立てて倒れた。

 To be continued……

【SOPRA・VIVERE】序章-5

 勢い余って、女はついたてもろともバランスを崩した。シャルティエルはその巻き添えを食らう。

 右肩を床に打ち付けた上に女の体重が利き腕に圧し掛かり、体勢を整えられない。

「な、何だお前はっ!」

 男たちがシャルティエルを見て当然の反応を見せた。想像した通り、どの男も粗末な格好の下品な風貌をしていた。

 こんばんは、などと引きつった笑いを浮かべて取り繕って見せたが無駄だ。

 男の一人が、腰の三日月刀を抜き突きつけてきた。この体勢からでは、思ったように動くことは出来ない。

 女の身体を退けて立ち上がり、不利な状況に深いため息をついたシャルティエルの横で、女はかぶりを振って顔を上げた。

「! そのオルゴールっ」

 男のオルゴールを持った腕に飛びつき、手を伸ばす。しかしまた別の男に両腕を羽交い絞めにされてしまった。

「は、放して」

 身をよじらせて女は抵抗する。しかし男の力に敵うはずが無い。

「もう薬が切れちまったのか。そのまま眠ってりゃあ良かったものの」

「お願い、それは大切なものなの。返して!」

 男は懇願する女と、片手に持っているオルゴールとを見比べる。

 一瞬、口角を上げて笑ったような顔を作り、オルゴールを持つ腕を高らかと掲げる。

「!」

 男の手の内からオルゴールが滑り落ちる。蓋が開いて、中に保管してあったものも零れ出した。

「そんなに大切なモノかよ」

 落ちて、オルゴールはラグマットの上で一つ跳ねた……しかし運よく壊れずに、オルゴールは規律正しい旋律を奏で続ける。

 手鏡と櫛、そして香水瓶もラグマットの上に転がる。弾みで瓶の蓋が外れ、中から花の芳香が溢れ出した。

 女は耐えかねたように首を横に振り、やめてと言い続けた。男たちは愉快そうに笑い声を上げる。

 ……女を泣かすような男は程度が知れている、と恩師がよく言っていたのをシャルティエルは思い出した。

 ――もう、本当に最低……。

「お願い。もうしないで。それは、わたしが……」

「黙ってろってんだ! 今から売られちまうのに、こんなモン持ってても意味ないだろうがっ」

 男が女の頬を平手ではたいた。女は項垂れた。

 他の男たちはその様子を笑い混じりに囃し立てた。全ての注意が、完全に女の方に逸れた。

 ――……今!

 シャルティエルは腰を深く落とし、力を込めて自分の背後に肘を突き出した。肘は、自分の首元に剣を突きつけていた男のみぞおちに深く入る。

 一体何が起きたのか解らぬまま、男はその痛みに耐えかねその場にうずくまった。

 To be continued……

Powered by FC2 Blog Template Designed by しらか
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ 専門学校
Copyright © FREE KINGDOM All Rights Reserved.